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2023/06/28

継手あそび

 


2023年6月25日に新神戸駅のコトノハコにて隔月で行われているSHIN-KOBE SUNDAYS MARKETにCOCCAも出店させて頂いた。そこに文化工学研究所とmentで開発中の段ボール継手で巨大迷路をつくるというワークショップを行った。


段ボールと継手を使った「継手あそび」の説明書




4種類の継手(3Dプリンターで出力、中にダンボールを挟むための突起がある)
前回はスツールづくりワークショップを行った



廃ペットボトルから3Dプリンターの材料であるフィラメントをつくるための装置も開発中

子どもたちが廃ペットボトルを集めて持ってきて、それを3Dプリンターのフィラメントにして再利用し、その材料から段ボールの継手がプリントされるまでのプロセスを見える化して体験してもらいたいと考えている。

このプロジェクトの狙いは廃材でも色々なものがつくれるということを体験するだけではなく、段ボールという大きなものを組み合わせることで、人が入れる空間をつくることができる構築力を養うということもある。
さらには、その作業を老若男女問わず、その日初めて会ったかもしれない他者と複数人で行うことで、他者との協働力を養い、チームプレイを学ぶという狙いもある。



イタリアの設計事務所で働いていた時に感じていたのは、彼らのコミュニケーション能力の高さや、協働力である。一般的にはイタリア人は自由奔放でチームプレイが苦手という逆のイメージがあるかもしれない。彼らが言うには、イタリア人は個がしっかり確立しているので、学校教育では協働やチームプレイを教わるらしい。大学でも建築学科では1年の初めから複数人でのグループワークで、卒業制作も協働制作だそうだ。日本の建築の大学は、一部の大学を除いてほとんどは個人で課題や卒業制作をさせて、個人に賞を与えるということをずっとやっている。
一方、日本の初等教育においては他人と同じことをさせる団体行動を未だに行っているらしい。皆が同じ行為をする団体行動は、チームプレイや協働力を養うことにはならないのではないか、なぜならチームで何かをする場合、仲間と同じことをしていてはダメで、仲間の動きを見ながら違う行動をして、相互に補い合ったり、強化し合う必要があるからである。
そのあたりも、この継手を引き続き改良しながら試行錯誤したいと思う。




2023/04/06

呉羽中学校 / 吉阪隆正

吉阪隆正設計で1964年に竣工した呉羽中学校。2004年、学生の時に行った時に撮った銀塩モノクロ写真が出てきたのでスキャンしたものをアップする。訪れた当時は知らなかったが、この後わりとすぐに老朽化の理由で取壊されたらしい。

12月の雪の日で、アポ無しで行ったけども職員の方が快く中を見学させてくれた。

放課後で部活動の時間だったけども雪が降っていたのでいろんな運動部の学生たちが廊下をランニングしていた。8の字で上下にうねる開放片廊下が中庭から一望でき、その廊下を雪の中いろんな服装の学生が走り回っている光景は凄まじかった。

写真は下手だけど、当時の興奮が写真残っているように思う。













2023/03/23

Nostalgy x Technology

時空間を連続させるための技術
昨今のテクノロジーは過去や周辺環境と決別するためにあったように感じる。例えば、過去にあったものを継承しないハイテクノロジー、フィックス窓で周辺環境と断ち切り全館空調することなど。
これからのテクノロジーは、隔たれた空間を繋げるため、過去を継承して未来に繋げるため、ありとあらゆるものを排除するのではなく、共生していくためのオープンなものであるべきである。

2023/02/28

神戸洋家具シンポジウム


 兵庫建築士事務所協会主催のシンポジウム「神戸洋家具の過去・現在・未来 -神戸洋家具再生の道程を探るー」に参加しました。
 神戸洋家具は、神戸における重要な産業の一つですが、昨今は安価な日本の家具メーカーや 北欧家具の台頭によって厳しい状況にあるそうです。2018年まであった神戸ものづくり職人大学でも洋家具のコースがあったそうですが、日本における洋家具産業の需要が落ちてきており卒業生の就職先がなかなかなかったそうです。
 しかし神戸洋家具は神戸の歴史的資源の一つであり、コモンズとしてどのように継承していくかというのが本シンポジウムのテーマでした。

 
 ショートレクチャではまず、神戸芸術工科大学の佐野先生より神戸洋家具の発祥や変遷等の話がありました。ペリーにおける日本の開港以来、洋家具の文化が輸入され、近代型地場産業として東京芝家具、横浜洋家具、神戸洋家具の3つが生まれ、1871年には国の礼法も平座式から立式(椅子式)になり、徐々に日本人の生活の中にも椅子が入ってきたそうです。
 当時はイギリスのヴィクトリアスタイルの洋家具をただ模倣していただけだそうですが、大正期、1910年代にはイギリスへ輸出するほど技術が高くなっていたそうです。和家具の職人よりも船大工が曲線の加工に優れていて、当時船も和船から西洋の船である航船?が主流になってきており、仕事にあぶれた船大工が洋家具の仕事をしていたというような話が興味深かったです。
 そこから昭和に入り、徐々に日本の地域文化に応じた独自の変化を遂げていったそうで、日本のスタイルに合うように少しシンプルに、簡素化された洋家具になっていったそうです。それは神戸でいうと阪神間モダニズムの時代と呼応しているそうです。フランク・ロイド・ライトが芦屋川で設計した山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館、1924年)がその次代と呼応しています。現代の我々からすると十分装飾的に感じるかもしれないですが、ヴィクトリアスタイルから比べると地域文化に合うように変遷を遂げたものだったそうです。
 その後、戦後はアメリカの大量生産を前提としたアメリカスタイルの合理化された家具が主流となってきており、今に至るというようなお話でした。その合理化された家具の対局である高級家具として差異化され神戸洋家具はブランドを保っていたそうです。
 
山邑邸 / フランク・ロイド・ライト、1924年

 次に兵庫県家具組合連合会会長であり株式会社クレアシオンフジイ/ 株式会社藤井正商店の藤井さんからご自身が幼少の神戸の風景から始まり様々な話がありました。当時は戦後は神戸港に行けば水兵さんがいてチョコレートを投げてくれていたそうです。塩屋の坂の上、ジェームズ山の方にある洋館へリアカーで家具をとりに行き家具をリペアする仕事を最初はお父様がされていたそうで、そこから、オリジナルのベッドを真似して作られたそうです。
 高度経済成長期には婚礼家具で神戸洋家具のクローゼットが流行り、東京のデパートからの需要も多く、週末には神戸からトラックへ婚礼家具を積んで東京へ行っていたそうです。婚礼家具や家具工事のみならず、建築工事も含めトータルで家をつくられていたそうです。
 神戸洋家具の特徴としては、①クラシックデザイン②永続的に使用可能(無垢材を使用し、接着もニカワなので何度でも修復できる)③オーダー家具(サイズ等)、だそうです。

 次に東京から来ていただいた建築家、tecoの金野さんからのショートレクチャーがありました。金野さんは家具が①ふるまいを支える治具②永く寄り添うパートナー③地域資源を知る入り口、であるという面白い切口から捉えており、ご自身の建築プロジェクトにおいても家具デザインや家具レイアウトを含めトータルに提案されているそうです。
 大学の研究室でも最初に学生が皆、自分の椅子をつくるところから始めているそうです。触れて理解することを大切にされているとのことです。


 第2部は京都工芸繊維大の笠原さんを進行役としたパネルディスカッションがありました。
 昭和初期はモダンよりもクラシックの方が金持ちの代名詞として人気があったそうです。村野藤吾の師匠である渡辺節も村野藤吾に「TOO MUCHモダンは売れないからダメ」と説いていたそうです。そこからバブルまでは一般家庭でも豪華さの様式であったロココが人気だったそうです。関東と関西の当時の建築文化を比べても、京都の町家のように関西の方が繊細なプロポーションをもっていたそうで、それに合うように明治期から昭和期にかけて洋家具もチューニングされていったため、東京芝家具や横浜洋家具に比べて神戸洋家具の方が阪神間モダンに合わせた華奢なスタイルであったそうです。藤井さんも猫脚に象徴されるような神戸洋家具の優雅な椅子の曲線を強調されていました。
 今後の可能性としては、子供のファースト家具として神戸洋家具を採用し、教材として扱ったり、職人の技術をリペアに活かしたりして、古い洋家具を継承していくこと等が挙げられていました。
 
 私が住んでいたイタリアでも当時(2008-2013年)から同じような問題は起きていて、IKEAの台頭などで(週末にミラノのIKEAに行くと大混雑!)家具職人が職を失っているという話はよく聞いていましたし、ウルビーノのような職人たちがかつては街中に工房や店をもち賑わっていた街も、グローバル企業の店が増え、はっきりいって魅力がなくなっていました。
 今治タオルのように神戸洋家具をどうブランディングして魅力を伝えるかということも、方法としてはあるかもしれませんが、このような問題は何も家具単体の話ではなく経済や社会全体の話で、新自由主義経済によって競争させられ分断された側面が大いに影響していると思います。なので今回、兵庫建築士事務所協会が、神戸洋家具をテーマとして取り上げてディスカッションしたように、各業界が分断を乗り越えて話し合うことで、地域産業全体に連帯が少しずつ生まれ、それがローカリゼーションに繋がっていくことで地域産業や経済のあり方が変わっていくのではないかと思います。
 さらに突っ込んで書くと、神戸洋家具はチークやラワンなどの輸入材を多く使っていたそうですが、まず地域の一次産業も含め、ローカリゼーションの文脈で地域の他産業や人々との関係性を繋いでいったら変わっていくかもしれません。

2022/12/09

Cross-section model by 3D printer

 

以前投稿した風のモデルはこの断面模型の建築物の内外を抜ける風のシュミレーション結果です。

2022/10/26

Seeing winds or Becoming winds?


「ナバホ社会では、地上のあらゆる存在者が造られるのに先立って、風があった。ナバホの古老によれば、地下世界には最初に風があった。風が「男」や「女」、「話す神」や「呼ぶ神」に対して、息つまり生命を授け、導きを与えていた。歌い手は、歌うことをとおして空気を変化させ、逆に歌は、大いなる自然のアニマの活動に作用を及ぼした。」
奥野克巳『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』 (亜紀書房、2020年、29頁)



汀での舞台イベントに文化工学研究所で開発中の風力風向センサーと汀のCFD解析シミュレーションの動画を提供させて頂いた。



目に見えない風を媒介者として演奏家やダンサーがコミュニケーションをとり、即興的に一つの舞台を作り上げていく様が素晴らしかった。
最終的には風も参加しているし、観客もうちわで扇いだりして参加しており、文字通り主客混在の状態が生まれていた。
生物以外で生命活動を認識されていないもの(今のところUnknownと呼んでいる)にどうすれば主体性を認めることができるのか、参加してもらうことができるのかを模索している。

その第一フェーズとして、①どういった特性をもっているのかを言語化、数値化したり視覚化したりしているのが、今回、文化工学研究所で提供させて頂いていた環境センサーやCFDシミュレーションである。それが必要なフェーズなのか、それによる弊害がないかというあたりも未だ模索中であるが、その次のフェーズでは、②対象と交わったり対話することを想定している。それは、建築でいうと壁を建ててみたり、開口を空けてみたり、モノを置いてみたりすることで、どのような反応が返ってくるのかをじっくりと聴くことかもしれない。そしてその後に、③主客が分かれていない無分別状態における共創=Co-creationがあるのではないかと現段階では考えている。どうやったらこのフェーズまで辿り着くことができるのか、、、

ここまで考えていたが、汀での舞台を見ていると、風のような見えない対象を数値化したり見えるようにする過程とは別に、人間側が風化(気化)するという道もあるのかもしれないと思った。分け隔てて分析するのではなく、無分別な状態、状況。抽象的でまだ具体的にどうすれば良いのかは分からないが、そのあたりに何かあると感じさせてくれる舞台だった。

2022/08/31

with invisible beings

 


設計者としてモデルのパターンをいくつか作ってからシミュレーションをするのではなく、リアルタイムで環境センサーによってカタチを一緒につくるようなことはできないかの実験です。


グラスホッパーでつくった波の形状の一つの変数にpythonで環境センサーの数字をリアルタイムで読み取らせて、それによって形状が変化していくという計画です。
上の動画はデモで、まだ環境センサーとはリンクしていません。

環境センサーはtweliteの加速度センサーを2つ使って試しています。
加速度センサー2つで風速、風向を測る計画です。
加速度センサーですので、pythonで2つの環境センサーの数値を変換して取り入れる必要があります。


まだ実験段階ですが、リアルタイムで風のような環境要素と呼応するようにモノづくりをすることが出来ないかと一つの実験です。