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2015/01/29

Corniglia

いつから「住む所は静かな住宅街」みたいな通説ができたのか。
確かに日本の繁華街で7階までスナックやバーが入っていて朝まで賑わっているような所に住むのは辛いかもしれないが、夜中に一階に降りても店も何もなく静かな場所は逆に怖い気もする。フランス人写真家のダカタは(ヨーロッパにもある)郊外住宅地のことを強制収容所と呼ぶ。
上の写真はイタリアの田舎(Corniglia)なので比較にはならないが、今でもニュー・シネマ・パラダイスのワンシーンのような場面があるのは、彼らのライフスタイルから来るものかもしれないが、まず、街中で人が生活しているという違いもある。
イタリアの都市部でも一階が店で上階には人が住んでいて、そのため深夜を過ぎて騒いでいると上から怒鳴られたりするが、その後朝まで遊ぶためには郊外のクラブに行ったりする。日本の街だと朝までやっているクラブ、繁華街は街のど真ん中にあり、前述の話とは反転している。それはそれで悪くないのかもしれないが、いつからきっぱり分けてしまったのか。
どうやら日本のゾーニング制度(住居地域、商業地域、工業地域を分ける)は大正初期に欧米(特にドイツ)から輸入したものらしい(ヨーロッパといっても北ヨーロッパ的な考え方のようにも思う)。
「街が魅力的なのは建築のおかげではなく人々の生活が魅力的だからだ」という先生の言葉を先日書いたが、同時に、前述のような街の構造がライフスタイルに影響を与えているようにも感じることがある。先日書いたHAT神戸の事例然り。

ちなみに私が住んでる神戸の南京町は他人から「騒がしくて住めないでしょ」などと言われるが、21時くらいには静かで逆に深夜くらいまでもっと人が居ても良いと思うくらいだ。

2015/01/28

河よりも長くゆるやかに

Accident


大阪神戸間で人身事故があり新快速に乗っていたが最寄駅の西宮で停まった。新快速だから普段停まらない駅に停まってもドアを開けないという融通のきかなさ。
30分ほど停まっていたら流石に皆のフラストレーションも高まり苦情が増えたのか、通過列車側のホームのロープを外しドアを開けてくれた。
普段降りない駅周辺をフラつき呑んだ。素晴らしい店とマスターに出会った。
計画通りに行かず計画から外れることの楽しさを改めて実感した。

2015/01/27

HAT Kobe


神戸は海沿いの街だが、中央区の海沿いは港か工業地帯か倉庫で生活と海が近い所はほとんどないような気がする。HAT神戸も瀬戸内海との間を高速道路で分断されてはいるが、海沿いにイタリアのLungomare(海に沿った、という意味だが海沿いの道のことを指す)のような遊歩道があり活気が全然違うが悪くない。

バーリのLungomare、夏は夜中まで高齢者や子供が団欒している。

2015/01/24

Venice Everywhere



ベネチアのイメージは多様で、世界中にどこどこのベニスと呼ばれてる地区、街があるっていうのもすごい。
このパチンコ屋も一つの解釈である。


2015/01/20

Asian Alley

ある先生が、街が魅力的なのは建築のお陰ではなく 人々の生活が魅力的だからだと言っていたのを昔旅したアジアの路地の写真を見ていて思い出した。
建築家が思い上がるなと言いたかったのだろう。

One of my teachers told me that a city is attractive not because of architecture but people's life. The pictures of alley I took in Asian countries reminds me of his speech.
I suppose that he wanted to tell architects not to be conceited.




Bangkok



Shanghai














Zhouzhuang

2015/01/19

At home everywhere, at home nowhere

神戸で知り合った、フィンランドから来ているアーティスト夫妻、PekkaとTeijaの演奏を見にポートアイランドターミナルのQ2へ。
彼らは元々音楽のアーティストではなく、テクノロジーと生物の間のような、彫刻のようなモノをつくるアーティストだけれど、彼らが奏でる音楽もまた素晴らしかった。
メキシコやドイツでインスピレーションを受けて作ったというブルースのようなラテン音楽のようなフィランドの香りがする音楽を奏でる。

その後に演奏した鞴座(ふいござ)という日本のグループも彼ら夫妻と音は全然違うが素晴らしかった。彼らの楽器もアイルランドの笛やバグパイプ(スコットランドのバグパイプよりも音が小さく室内楽に向いているらしい)やアコーディオン、ギターなど、多国籍な楽器を使い、カリフォルニアやブラジルでインスピレーションを受けたという曲を演奏していたが、僕には日本の曲、民謡のようにも聞こえた。
どこから来た音なのか、どこの楽器なのかなど関係ない。それを操る(操られる)身体という逃れられないシステム、メカニズムがあるだけ。
伝統への固執は伝統の自己否定でしかない。
というようなことを2組の演奏を聴いていて考えた。

2015/01/18

Daniele Baldelli @troop cafe

意外にも職人的な方のイタリア人という印象を受けたし、予想を遥かに超えて良かった。

2015/01/06

Nakanoshima, Osaka

中之島のあたりを歩いていて高層ビルや街灯の光が川に反射している光景を見て大竹伸朗の網膜を思い出した。