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2013/02/05

He leaped the fence, and saw all nature was a garden

"He leaped the fence, and saw all nature was a garden"
Horace Walpole

というホラス・ウォルポールの言葉をどこで知ったのかは全く覚えてなかったが(おそらく7年前)、ずっと頭の片隅に残っていた。
先日ナヴィリオ運河沿いの古本屋で"Horace Walpole, Essay upon modern gardening, 1780"のイタリア語版を見たときにその言葉を思い出して、調べてみた。

上記の文章は小説の一節だとずっと思っていたが、そうではなくHeとは18世紀に風景式庭園などで活躍したイギリス建築家・造園家のウィリアム・ケントのことであり、彼が採用していた「ハハー」という塀に言及したものであったことが分かった。

「ハハー」とはチャールズ・ブリッジマンが考案したもので空堀りがほどこされた塀のことである。
空堀りされているので敷地内から外を見ると塀が見えず自分の庭が延々と続いているように見える。
動物が敷地内に入らないように空堀りがしてある。この「ハハー」という名前は人々が空堀を発見したときのリアクションからきているという。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ha-ha



from Wikipedia
というように小説の一節ではなく意外と即物的なものに対する文章だったことが分かり、なるほど円通寺の借景に通じる話かと思ったが、深読みすると敷地境界線や土地所有の問題にも関わっているように思う。
とくに"all nature was a garden"という文章が気になる。

塀の存在は建築を勉強し始めた頃からずっと気になっていた。
塀の存在が土地所有の区分を視覚化し、自分の土地と他人の土地を分ける。

ロンドンで僕が担当しているタウンハウスのプロジェクトでも、一つの古い共有壁をいじるときに、どこまでが自分たちの塀かなどで問題を起こし、隣人も異常なくらいに執着している。
塀の上のわずかな雨水をどちらに落とすかなど、細かい問題も出てくる。
なんとこれらの塀の問題を解決する専門家までイギリスにはいて"Party wall surveyor"と呼ばれている。

その区分意識が「街」と「建築設計」の風通りを悪くしているようにも感じる。
自分の敷地だから好きなことをしてよく、他の敷地には興味を持たず、家のゴミを外に捨てるようなことが起きる。


Matera Sassi, Italy

例としては極端だが、マテーラのサッシ地区では自分の家の上が公共通路になっていたり、別の人の家になっていたりする。排水管や給水管も共有で使っているらしい。
詳しいことはもっと調べなければいけないが、宿の亭主に聞いた話だと行政が援助しつつも、住民(多くが観光業に携わっているみたいだった)がコミュニケーションを取り、力、知恵を出し合ってメンテナンスしている。
どこまでが自分の家で、どこからが公共物などという概念がないと言っていた。
一つの有機体として街を捉えている。
確かに、マテーラのサッシ地区には個人の建物・土地という概念はなく、街全体が一つの建物、共有物と言えなくもない。

敷地(土地所有)や塀の問題をもう少し考えなければならない。
まさにホラス・ウォルポールが言う"Leaping the fence"ということを念頭におき"all nature was a garden"ということに気づかなければならない。




2013/02/03

動的状況と直感

http://bababbu.blog.shinobi.jp/Entry/34/
2013年1月27日投稿、「時代と人間」への書簡。

細尾直久様

僕が前回の書簡で書いた「危険」というのは言葉として強すぎたかもしれません。
災害時におけるような物理的な危険ではなく、日常における精神的な安全、危険という意味だったのですが(事故という言葉も同様)、よくよく考えてみると「安定、不安定(動的)」と言ったほうが良かったのかもしれません。

直久さんが言及していたVito Acconciの作品がどれなのか僕も見つけられなかったのですが、別の作品で「Community House」と「Where we Are Now」というものを見つけました。
http://disegnodaily.com/interview/vito-acconci

自己と他者、プライベート・スペースとパブリック・スペースという概念についてラディカルな示唆に富んだ作品だと思います。
自転車に乗る他者が介入することで、家が切断され外部と関係をもつなど、直久さんが前回書いた話に繋がると思います。

直久さんが書かれていた、

危機が迫ったときに、ひととひとは、手をつないで、支えあおうとする。そう考えると、不安で、緊張感のある時代にこそ、ひとは人間になるのかもしれません。

という言葉、共感します。

物理的、フィジカルな安全、安定が確保された社会では、人は一人でいる方が精神的にも安定していると錯覚し、引きこもるのかもしれません。
危機が迫った時に、他者とのコミュニケーションを始め、ある種の不安定、動的な状況を通ることで、そのさらに奥にある安全を求める。
そう考えると、不安全な今の日本の状況において坂口恭平のように自己やプライバシーの概念を解体したような人が出てきたことに僕は納得できます。

直久さんが出された象設計集団の例も、これまでの話に繋がると思います。
ある意味雑多で多様な要素を排除することなく取り入れ、空間をつくるという、管理が難しく動的な状況に対峙している(もしくはできる)建築家が現在では少ないようにも感じます。
近代科学のように扱えない(管理できない)ものは排除し、要素をシンプルに記号化し、神の視点でアルゴリズムなどを使い設計を行っている建築家が雑誌を賑わせている現状には疑問を感じます。

何で読んだか聞いたのかは覚えてないですが、確か将棋士の羽生善治がスーパーコンピュータと将棋の試合をしてもミスがない限り負けないという話を思い出しました。
コンピュータは分析はできるが直覚がないからだというような話だと思います。
プロの将棋士は2時間かけて分析した後に手を打っているわけではなく、盤を見て瞬時に直覚したものを2時間かけて正しいか分析しているらしいです。
cf.) 小林秀雄講演集4 「現代思想について」

その時、プロの将棋士の頭の中で起きている「ひらめき」は、ある種の偶然でありコンピュータには(未だ)ない能力らしいです。
藤原正彦曰く、数学者も同様で、彼はそれを「美的直感」というように呼んでいたと思います。
証明はできないが、「この数式は美しいから間違っているはずがない」と何年もかけてその数式を証明するという話でした。
もちろんコンピュータの分析能力は非常に役に立っていると思いますが、それに終始寄りかかり要素を単純化、記号化した状態で分析的に物事を設計するのはどうかと思います。

なので、象設計集団のような設計は過去のもので、アルゴリズムを使った設計こそが最先端で新しいとは思えないです(誰も思ってないかもしれませんが)。
むしろコンピュータに寄りかかりすぎ、直感が退化しているように感じます。

磯崎新が原広司との往復書簡で

「天災や大事故が起こったとき、アーキテクトは通念では科学的に無根拠にみえる構想で対処せねばならない。無根拠を根拠づけうるか。確率論的手続きではまに合わない。」

と書いていますが、この言葉は正にプロの将棋士がやっていることに似ていると感じました。
建築家やデザイナーも考えていかなければいけない部分であると思います。

支離滅裂な文章になってしまい申し訳ないです。
書きながら関連することで思い出したことを書いてみました。
気付けば、中途半端なコンピュータ批判みたいになってしまいましたね(笑)。
設計に関しては、もう少し具体的に思考を進めていきたいと思ってるので、また機会があれば書きます。
さすがに直感という一言では終われないので。

二月になりましたがミラノは曇り続きでまだまだ寒いです。不景気の影響かスリやボッタクリの被害をよく耳にします。
去年あたりからイタリアの治安がさらに悪くなってきているように感じます。
ここから日本を見ると、とても安全に見えるのですが実際のところは分からないですね。

北川浩明


書簡の内容とは関係ないですが、一昨日行ったベネチアで見た改修中のクエリーニ美術館の橋(スカルパ設計)です。
床板材を支えるサブストラクチャーのディテールまで美しいです。

2013/01/28

Bergamo, Italy



Bergamo, Italy


Milan walk

今日は月に一度のナヴィリオ骨董市。
運河沿いに古い家具や骨董品が無造作に並んでいる感じがとても良い。



こんな感じで怪しいおじさんが不思議なオブジェクトを売っていたりもする。
イオニアオーダーの柱頭の上に脳の入ったガラスボックスが乗っている謎のオブジェ。



アンティークな金物もたくさん売っている。


ちなみに僕が唯一買ったのは、おそらく骨董品ではないが、役に立つと思った洋服、帽子掛け。
用の美を兼ね備えた有機的でダイナミックな形が気に入った。
18ユーロ。前にいたアジア人がしつこく値切っていたのがカッコ悪かったので値切らなかった。

早速、玄関脇の壁に取り付けてみる。


友達が来たときにも便利。



四年ぶりくらいにドゥオーモに登ってみたが、記憶していたよりも数倍良かった。
ドゥオーモ広場がこんな模様をしていたことや、上から見ると下にいる時に感じた人の多さよりも人がばらついて見えておもしろかった。

ガリバルディの開発でスカイラインも大分変わってきている。

ミラノにもまだまだいろんな発見がある。

Bergamo walk

チッタ・アルタを上から望む
久しぶりにベルガモまで小旅行した。
今回はベッキア広場横の塔に上ったり、ケーブルカーでチッタ・アルタ(高い都市)からさらに上がって街を眺めることができ、チッタ・アルタのダイナミックさを体感した。

ベッキア広場横の塔から街を望む
各パラッツォの前庭、中庭に高低差があり、それらを建物が繋いでいるのがおもしろい。

サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂
ファサードの一部や内装の豪華さとは違い屋根は素朴なスレート葺きというギャップがおもしろい。素朴に見えたのは単に自分がイタリアやスイスの山小屋、民家と結び付けてるだけか。




初めて歩いてチッタ・バッサ(低い都市)まで30分くらいかけて歩いて降りたが途中の景色はまるで道が浮いているようで空中都市を思わせる。それを支えているのは石造の巨大な構造体、壁である。

バール・フロラのバーカウンターと階段

ベッキア広場にあるバール・フロラの内装は金属部品(一部既成品)を溶接して階段、カウンター、棚、ドアや額まで作られていて、とてもカッコ良い。
しかもそれでいてガチャガチャしている雰囲気はなくディテール、組み合わせなどもよく考えられていて綺麗である。

僕にとってはひょっとすると、ベルガモの方がミラノよりもかっこ良く魅力あるものがたくさんあるんじゃないかと思った小旅行だった。ミラノのブルーライトがあるような小洒落たバーにはもううんざり。

2013/01/26

Metabolic Landscape

イタリアでは都市計画のことをurbanisticaというが、それとは別の言葉で都市デザインを表現する言葉としてpaesaggio urbanoというものがある。
こっちの言葉の方が僕はイタリアでよく耳にする(事務所にランドスケープ・デザイナーもいるからかもしれない)。
paesaggioは英語で landscapeつまりurban landscapeという意味だが、urban landscapeという英語は普通(造語以外では)使わないんじゃないか?僕が聞いたことがないだけかもしれない。
イタリアの建築・都市雑誌の"paesaggio urbano"も英語のサブタイトルでは"urban design"となっている。
つまりイタリアでは風景、ランドスケープという概念が普通に街の中にも浸透している。
よく言われている話ではあるが、イタリアの特に中世からの街では一つ一つの建物が孤立して存在しておらず、街全体の一つの細胞のようにして存在している。
そのような街につくられる建物はどのようにして街の中の一細胞として機能することができるかが常に問われる。新築であろうが改築であろうが同じである。
まさに建物一つ一つが街全体(paesaggio、風景)の細胞となり新陳代謝をしている。
人や建物(他にもたくさんの要素がある)が風景の新陳代謝に寄与する。
それをMetabolic Landscapeととりあえず名付けてみた。文法的にはmetabolizingとした方が正しいようにも感じたが、主客を曖昧にしたかったので、metabolic 代謝性の、としてみた。

日本のメタボリズムが1960年代から行っていたことは建物単体内における新陳代謝の概念にしか見えない(少なくとも現実化したものに関しては)。
一般的に日本建築に関して海外でも称賛されている建物内外の繋がり、部屋と庭の相互浸透に関しても敷地内での話が多いのではないか。
しかし、日本においても長屋の路地のように向こう三軒両隣で一つの公共空間を形成し、公共空間と各々の建物が相互浸透していた例もある。
なので、建築が一つの細胞となり街・風景の新陳代謝に寄与することが、イタリアの昔からの街・建築だからできることで日本の街・建築では不可能だとは思わない。
日本の街の環境はイタリアに比べて悪く、外部・街に対して関係を持てる要素が少ない、と敷地内に「引きこもり」がちになるが、それでも丁寧に読み取って、風景の新陳代謝に寄与する必要がある。
今の建築雑誌を賑わせてるほとんどの建築は、「引きこもり中学生」もしくは「家の中だけで偉そうにしている親」に見えなくもない。引きこもり建築家。
雑誌には家の中で偉そうにしてる場面しか写されてないからカッコ良く見えているだけではないか。
山田脩二のような建築を風景の一部として撮るような建築写真家がほとんどいないというのも問題だと思う。
建築物は風景に奉仕する一細胞ではないか。