Translate

2022/03/02

Hear the Wind Sing

風宮(かぜのみや)伊勢神宮外宮

「美しい山や谷を見たり、川辺や海辺に立つ時、私達の心に深い喜びが溢れる。それは私達の心が、深く大地に結ばれているからだ。大地に護られ、大地から恵みを受けて、力一杯生きていた太古の記憶が、私達の心と体の奥底に今でも生きているのだ。それは、私達の深奥にある根源の力だ。従って、人間は大地の上に建築を建てる時、それが単に物理的に地面の上に建つだけでは決して満足しない。私達の心は、建築がその根源において、大地と結びつくかたちをしていることを望むのである。」
香山壽夫『建築を愛する人の一三章』 (放送大学叢書、2021年、48頁)

 同著によると中国の風水や日本の家相も土地の力のはたらきを定式化し、それを効果的に利用するためにつくられたものだそうだ。

 マルチ・スピーシーズモア・ザン・ヒューマンという考え方をちょっと前に週間読書人の記事を通して知った。僕の理解では、この言葉の意味するところは、人間中心の考え方はやめて環境のことも考えて行動しましょうというSDGs的な考え方ではなく、人間以外のあらゆるもの(動植物だけでなく石のような動かないものも含む)が声や意思(的なもの)を持っていて、それらと(できれば双方向の)コミュニケーションをとりながら生きることと捉えている。他を犠牲にするSurviveではなく共生的Aliveである。
 例えば、太陽や風のような自然環境をあらかじめ自分で設定した何かの目的にために利用するのではなく、まずそれらの声に耳を傾け提案を聴くというようなことではないか。僕も、人に限らず可能な限り多くの、あらゆるモノ(無形物も含む)の声を聴いて共創したいと日々模索している。
 デザインにおいて大事なのは問題への解決策自体ではなく、何を問題としてコミットするのか、その問題設定の時間的、空間的広さではないかと思う。狭く低いハードルを設定して、変わった飛び方(解決策)を競っているメディアとは違うところにデザインの価値を見出したい。

 その耳の良さみたいなものを鍛えるべく、いろんなツールを使ったりもしている。即物的で不十分な部分もあるが、その一つが今回とりあげる風の流体シミュレーションだ。
 下記リンクより日本のあらゆる場所の風況情報を知ることができる。https://appraw1.infoc.nedo.go.jp/nedo/index.html

 CLIMATE CONSULTANTというソフトでも世界のあらゆるところの環境情報を可視化できる。https://www.sbse.org/resources/climate-consultant



 これらはあくまでも統計なので、実際は現地にいき、長くそこで生活している人の話を聞いたり、その場で感じた方が良いというのは言うまでもないが、これらのツールでもかなりのことを知ることができる。

 これらの情報(現地の生の情報とネット上の統計)をもとに街や建築の3DモデルをCFD解析ソフトを使って、どのように風が抜けるか等をシミュレーションすることができる。

 ある程度の知識と3Dデータの扱いができる必要はあるが、simflow(https://sim-flow.com/)というCFD解析ソフトとparaview(https://www.paraview.org/)というシミュレーション結果の可視化ソフトが無料で提供されている(simflowは20万メッシュまで無料。前述のCLIMATE CONSULTANTも無料。このあたりの国産ソフトは年間100万円以上するものもあるが、少し頑張れば無料で解析できるので学生にもオススメ。)

2022年2月27日にアンカー神戸(神戸三宮阪急ビル15階)で行われたJapan XR FestというARやVRの最新技術にふれることができるイベントにて、XR CITY LABの方々と協働で三宮を抜ける大地の呼吸、六甲おろしをARグラスで体験できる作品を発表した。下記がその映像と説明。阪急ビル15階にあるアンカー神戸からARグラスをかけて三宮の街や山々を見ると、そこを通り抜ける風が可視化されて見えるようになっている。

ABOUT

目に見えない大地の呼吸(六甲おろし)をARグラスで体感するプロジェクト。地球の大気と街との相互作用によって生まれるカタチを流体シュミレーションによって生成し、VPSシステムとARによって空間に再現します。

ARグラスをかけて、ゆっくりと呼吸するかのような美しい大気の流れの中に身を委ねると、ガイア(地球生命)を感じることができます。サスティナビリティーという言葉をよく聞くようになってきたものの、それは人類にとっての持続性という意味であり、地上の生命種全体としての持続性ではありません。人間以外の生命の存在(マルチスピーシーズ)を感じることは、本当の持続性に通じています。このプロジェクトは、人間と自然の共生のためのイマジネーションを拡張してくれます。この作品は、XR CITY LABと文化工学研究所の建築家、北川浩明氏とのコラボレーションによってつくられました。

この作品をつくるにあたって、山も含めた広範囲の3Dモデルを現地の風況情報を参考にしながら5分程度の山からの風の動きをシミュレーションしている。










 上のシミュレーションの絵を見ても分かるように、山は一部しかシミュレーションの範囲に入っていないため(それでも1.5km程度)、かなりの範囲を鳥瞰できる15階にあるアンカー神戸からみると範囲としては十分ではなく、大地の呼吸のダイナミックさとしては不十分だったかもしれない。それでも、普段目に見ることはできない風の動きをリアルな風景と共に感じることができるARの技術には可能性を感じる。

Anchor Kobeから山側を見る

XR  CITY LABの方々とはARルミナリエという実験も行っており、コロナで開催されていない神戸のルミナリエをARで実験的にオリジナルのカタチで取り組んでみた。



 
 普段の建築プロジェクトでも流体シミュレーションを通して分かることがある。

 これはあるマンションの一住戸の改修プロジェクトで、通常の3LDKの間取りでは上2つのイメージのように風の出口が確保されていないことから、廊下に面して玄関扉を開け放しておかないかぎり、風は抜けない。



 そこで共用廊下に面した部屋(右)とリビング(左)の間に開け放しておくことができる収納部屋をバッファーゾーンとして挿入することで、風通しを良くするとともに、エアコンも1台でまかなえるように計画した。もう一つのポイントとしては、収納部分で開口を絞ることで風速が上がり各部屋ではより清涼感を感じれるともに、収納に湿気が籠ることを防ぐということだ。これは昔から日本にある知恵だそうだ。

「「透かす」とは隙間をあけることからきた言葉ではないかと私は考えている。蒸し暑い夏をもつわが国では、風通しよく住まうことが住居の第一条件であった。隙間を通る風は開け広がった空間を通る風よりも涼しい。隙間を空ければ湿気で腐るということがない。」
『西澤文隆の仕事(一)透ける 』(鹿島出版会、1988年、30頁)


左官職人の八田公平さんによるキッチン腰壁と背面の土を含んだ左官壁が通常マンションでは得難い自然との繋がりを生んでいる。

 このプロジェクトでは、環境工学的な風通しの良さを追求することが、人間関係の風通しの良さにも繋がるのではないかと考えていた。前述した通常の3LDKでは廊下を介して、幾つかの扉を経て各部屋があるため、風も通らなければ、視線や音も通らない、当に個室が離散している状態で家族間のプライバシーは確保されるかもしれないが、直接繋がる契機を失っている。本プロジェクトではマンションのつくり上、共用廊下側の部屋にエアコンを取り付けることが大変困難だったという問題への解決にもなっているが、それ以上に家族間の風通しを良くし、さらには共用廊下側にも多少開かれることで近隣との人間関係における風通しの良さも生まれるのではないかという考えもあった。一方で収納スペース2箇所にある両引き戸を閉めることで、各部屋への視線や音をシャットアウトすることもできるように設計している。


 志摩の入り組んだ湾に面したいくつかの施設を宿泊施設に改修するプロジェクトでは、現地で長く漁業に携わられている方に聞いて、真北からの強い風(キタッポと言うらしい)が多いと聞いたので、その北風がこの湾内でどのような動きをして各々の施設に影響するのかをシミュレーションしてみた。山の地形によって緩やかに風がクランクして真ん中の中核施設が大きく影響を受けることが分かる。季節が良い時は風を取り入れやすくするために開口を大きくとったが、一方で雨戸等で強風対策もしている。






神戸市長田区の駒ヶ林にて建築家の高橋さん(https://arch-takahashi.com/)とアトリエ、ギャラリー付のシェアハウスのプロジェクトに取り組んでいる。このプロジェクトは住宅密集地にあるため、海が近いものの風通しが良いとは言えないが、どのような風の流れがあり得るかをシミュレーションしてみた。風況図より南南西や西からの風が頻繁に吹くことが分かったが、周辺の建物と道路の関係から西風を取り入れることを模索すべく西風3m/sでシミュレーションした。





上記がシミュレーション結果であるが、住宅密集地であるため路地を通り入り組んだ風が土間西側の入口から入ってきて、南側にある別の入口から抜けていくとうのがメインであった。これではあまりリビングの通風が確保されていない状況であるため、リビング西側にある個室との間にある壁を取っ払って解析をしてみた結果が下である。



 西風が吹いた時のリビングの風通しは格段に改善されていることが分かる。シェアハウスの共用部分の風通しの良さを確保するということは、環境的にも人間関係的にも重要になってくることから、今後の設計を進めていく上でも参考になるシミュレーションである。
 このようにデザインプロセスに周辺の地形や風、太陽などに参加してもらうことで、いろんな提案を受けることができるのではないか。現段階ではマルチ・スピーシーズとの研究の場でも、声なき自然物に声を与える手法としては人間を代理人にたててロールプレイのようなことをされたりしているそうだが、もっと進んでいけば、より密度の高いコミュニケーションがとれるのではないだろうか。

 最後に前述の西澤文隆の本に書かれてある、風、風水、家相に関わる面白い話を紹介する。日本どこでも同じ家相や風水を当てはめるのは間違っているのではないだろうか。

「本来、日本では人と自然の間に境界はなかった。国津神は、動物も植物も含めて生きとし生けるものがすこやかに育つようにと願った。人が己の生活のために土地を画して占有し、その中で勝手気ままな生活を営むことは神のご意志に反する行為であるから、神にお断りしなければならない。そのため屋敷内に国津神を祭ったのが、わが国の鬼門の始まりであるという。鬼門はそもそも洛陽の都で、冬、東北から寒風が吹きこむので東北を鬼門として塞いだ。日本では神に不浄の生活を曝すわけにはいかないので祠の方向を塞がねばならないが、開放好きの我が祖先は二カ所も塞がなくてすむように、神を鬼門の位置に祀ったのだという。要領のよい祖先である。日本人の開放好きは蒸し暑い夏への対処に起因するが、つねに開放して差し支えない温和な気象のためでもある。
『西澤文隆の仕事(一)透ける 』(鹿島出版会、1988年、15頁)