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2014/01/29

求心的パラッツォ

ミラノの友人宅の片廊下。ミラノの集合住宅は基本的に通りに対して閉鎖的で中庭に対しては開いている。この家のようにたまに片持ち梁の廊下を見る。片持ち梁にすることで、中庭に対してより開放的になっている。
日本では片廊下に面して小さな窓がキッチンあたりにあるぐらいだが、イタリアでは大きな開口が二つくらいある場合が多い。共同体内部の人に対して開放的なのは、人だけでなく建物においてもイタリアの特質の一つのように感じる。


2014/01/26

Palazzo Pirelli

ミラノ中央駅付近にあるジオ・ポンティ設計で有名なピレリビルが今日だけエントランスの一部と最上階を一般公開していたので初めて入ることができた。


エントランスロビーの床、強烈なプリントが施されたリノリウムシートが全面に使用されている。
最上階(31階、高さ約120m)の展望スペース



2007-2009年にDe8という建築事務所によって改築され最上階には外から見ても分かるような異質なボリュームの構築物が入っている。乳白色のガラスで有機的な形がつくられていて、内部は会議室か何かだと思っていたが、以外にハリボテのような作りで下階は簡単なケータリングができるようなキッチンが入っているだけだった。おそらく上階にはバルコニー的な空間があるのだろうが、一般人の進入禁止になっていたので見れず。
設計者は"Piazza Alta (高い広場)"を実現させるためのプロジェクトというが、彼らの抽象的な広場の概念にはあまり賛同できない。そうまで言うならば、有料でも良いから常時一般公開するなど、ソフト面の提案も必要であっただろう。

北東側を望む、中央駅越しにアルプスが見える。

北西側を望む
最近開発が進んでいる南西側の景色を覗いては高層建築がないため、今日みたいに空気が澄んでいるとロンバルディア州全体を望め、アルプスも綺麗に見える。
このような景色は、東京のような高層ビルが乱立する大都市では見ることができない。

南東側を望む
南東側は北西側に比べ都市部のスプロール化が進んでおらず、緑地が広がっていることが分かる。ここだけを見るとミラノがコンパクトシティであるという印象をもつ。街も落ち着いて見える。

南西側を望む



南西側はガリバルディの開発地が俯瞰で見れる。高層化した分、空地が目立ち建築密度がミラノの他のゾーンに比べかなり低い。ミラノ人の生活に合うのか疑問である。

階段室へ向かう途中にある開口部から南側を望む、ドゥオーモも見える。
街を歩けば、ミラノが他のイタリアの都市に比べ、新旧のモノが混ざり合い異質な街であることは理解できるが、俯瞰で見ることでその事がより明確に分かる。

フィレンツェ




2014/01/22

Palazzo Pathé

ミラノのパラッツォには珍しく骨太で荒々しい石(砕石とセメントの人造石)とレンガ仕上げの建物が家の近所(Via Settembrini 11)にあり前々から気になっていたので調べてみると、Giulio Ulisse Arataという建築家が1902-1904年に設計し建設されたものであることが分かった。
当時のイタリアのアカデミックな様式建築の教育から離れアール・ヌーヴォーに興味をもっていたようだ。
この建物ではアール・ヌーヴォーのイタリア版であるリバティ様式に田舎風の要素を取り入れ、東洋的な装飾が施されている。なので、他のリバティ様式の建物よりも複雑で荒々しい印象をもつ。





この建築を見てると何か当時の社会に対するオルタナティブな態度を感じる。アーツ・アンド・クラフツ運動にも通じているのだと思うが、産業革命後、大量生産に向かっている社会に対して職人の技術をふんだんに使い、且つ都市部において田舎風の様式も持ってくる。西洋的な装飾の中に東洋を置いてみる。
こういう建物は単純には分類化できないし、読み解けないから歴史の教科書には載らないのかもしれないが、100年以上も残りオーナーが変わりながらも未だに使われているというのは素晴らしいことだと思う。

モザイクとグロテスクな装飾

勝手口のインターフォン、上から火、風、土と書いてある、押したらどうなるのか。

2014/01/10

Milano, Zona Stazione Centrale

ミラノ中央駅付近の家からPhotosynthで写真を撮ってみた。
正面の側壁が見えるホテルらしき建物はほぼ完成しているものの何ヶ月も工事がストップしている。施主に経済的な問題でもあったのだろうか。
将来起こりうる隣地の開発のため側壁に開口を設けれなかってにしても通りに対して威圧感があり、他に何か施しようがなかったのかと考えてしまう。特徴のないビジネスホテルのような外観である。



中央駅の正面広場から僕の家があるNapo Torriani通りに入るコーナーにある工事現場。
老朽化していた建物(50年代にM. Baciocchiによって設計された)の大部分を取り壊してDuca d’Aostaというホテルを立て直すというプロジェクトらしい。

取り壊し前の Hotel Duca d’Aosta
完成イメージ
©onsitestudio
コンペで勝ったのはミラノにあるOnsiteという建築事務所で一階には取り壊し前の建物を踏襲して二層吹き抜けのポルティコが設けてある。取り壊し前はそのポルティコ空間がホームレスの人達の寝床となっていたが、新築されたら変わるのだろうか。
赤い骨材の入ったガラス繊維強化コンクリート、GFRCのプレハブパネルでファサードを形成することで一部保存されている50年代の建物と連続性を持たせようという試みであるらしい。チッパーフィールドのいくつかの建築にも似た雰囲気も感じるが、おそらくはM. Baciocchiの建物の改築として(実際はほぼ新築)設計されたものであって、シンプルで細いFasciaなどのデザインコードを踏襲した結果であると思う。

Hotel Excelsior Gallia
同じく中央駅広場に面したExcelsior Galliaというホテルも最近一部(写真左側)改築してほぼ完成しているみたいだ。既存建物が様式建築であり連続性を持たせて改築するのは難しいとは思うが、新しくできた部分はオフィス建築みたいで既存建物、広場と何の関連性も感じない。パネルも光沢性のあるものを使っていて色も微妙である。
ここ数年ミラノで流行っている(と思う)ランダムなファサードと色使い(Sauerbruch Huttonあたりから影響を受けてるんじゃないか)、内部空間と何の関係もないただのファサード遊びのような建物をこんな重要な場所に作って良いのだろうか。

既存建物の時代背景も違うだろうが、現代における異なった二つの改築事例が中央駅広場から見れ面白い。

ピレリビル最上階から現場を見る


2014/01/04

乾いた花 Pale Flower

1964年に映画化された石原慎太郎原作、篠田正浩監督の「乾いた花 」を見た。 
おそらく1964年の東京オリンピック前に撮られたものであるから、冒頭の車窓からの風景が映るシーンでは、至る所で地面が掘られた過渡期の東京が見れる貴重な映像だと思う。

I watched a film "Pale Flower" which is from the story by Shintaro Ishihara(ex-ex-Tokyo mayer) and directed by Masahiro Shinoda in 1964.
Since this film had been done before the Tokyo olympic in 1964, I assume, you can see the view of changing Tokyo city where there were a lot of excavated construction sites.


それにしても、映画に出てくるセットや撮り方がかっこ良い。
主人公役、池部良(wikipediaを見て驚いたが、彼は波瀾万丈の人生を送った)の部屋は粗く大きな傷が入った木造黒壁(おそらく)の部屋に濃い色の洋風カーペットが敷いてあり、低めのアームチェア一脚とテーブルという簡素な設え。
前川國男や増沢洵の60年代あたりの作品を見ていつも感じるが、この時代くらいまでは日本建築の要素が随所に残っており、洋風のモノと良い感じで混ざり合い両義的な空間になっている。そして空間に闇がある。作品集や映画を白黒で見ているからではなく、実際その時代の作品を見に行っても同じように感じた。街灯にしてもそうだが、おそらく照度に対する感覚が今とは違っていたのだろう。

Settings and camera works of this film seemed to me very fascinating.
A room of the main actor, Ryo Ikebe - I was shocked when I read his stormy life in wikipedia - only has wooden structure, black painted walls - which is kind of traditional style - with a rough scratch, a single arm chair and tables on a western dark carpet.
When I see the works of Kunio Maekawa and Makoto Masuzawa in 60s, I always feel that Japanese space (city, bulding and interior) had kept traditinal elements and were ambivalent with imported western elements before the period of high economic growth. Japanese space had darkness - not because of a black and white film or photographs. I can still feel that when I see Japanese buildings of 60s. - and Japanese people had different sense of illumination such as streetlights.



賭博場の階段、ナグリが施された手摺、竹格子が美しい。
A stairs of the gambling house, Beautiful naguri-finished balustrades and bamboo louvers.
東京オリンピックや高度経済成長期あたりから、僕がこの映画で魅力を感じているような空間がなくなっていき、明るい街灯に照らされた道や均質な照明のオフィス空間のように両義性を排除しナイーブな方向に日本が向かっていったのかもしれないと感じた。
空間の話ばかりになってしまったが、ストーリー、スタイル、武満徹の音楽も素晴らしい。

I imagine that the space by which I am fascinated in this film started disappearing around this period and Japan went towards a naive direction loosing ambivalence such as streets and office space with homogeneous light .
Although I have only written about space, the story, style and music by Toru Takemitsu are also great.

2014/01/03

Carlo Scarpa As a Landscape Architect

ヴェネチア・ビエンナーレ 中央館 中庭、2013年第55回ビエンナーレ



何でもない四角く閉鎖された中庭でもスカルパが少し手を加えることでダイナミックな様相を呈す。
上の写真のように動きを持たせた展示の仕方を誘発するような端緒のある中庭空間。
カルロ・スカルパというとディテールの美しさに目が行きがちではあるが、ランドスケープ・アーキテクトとしても優れていたことが伺える。
構築物のオブジェクト性よりも、その構築物が空間に及ぼす波紋を意識的に設計していたような印象を受ける。日本の「間」のような概念に通じるものを感じる。
全体、ランドスケープとディテール、どちらが始めで終わりかは彼の場合関係ないかもしれないが、その両極が繋がりつつ、しっかり設計されている。

2014/01/01

Japanese Artisanal Carpenter


Last month, I met a Japanese carpenter in Kobe, Japan.
He has been working as a carpenter for 16 years and is really skilled craftsman using traditional techniques even though he is still young.
He said that he is not crazy about "Tradition", but he uses those traditional techniques because it is just a natural way for him. That means that using local material (wood, soil and stone) and techniques with local style would make his architecture natural.
I visited him where he is still constructing his own house by himself. He is not only carpenter but also architect. He designed his house.
Even though he was working also on that day, he prepared a temporary tea ceremony for me in his tearoom which was still under construction.

先月日本に帰った時、神戸である大工に会った。
彼は16年間も大工業に携わっており、まだ若いにもかかわらず伝統構法を今に伝える大工職人である。
彼は「伝統」に固執しているわけではないと言っていた。地元の素材(木、土、石)、構法、スタイルを使うことが彼にとって自然だから、そうしているだけだと言う。
僕は彼が一人で墨付け・刻みを行い、建設している自邸の現場にお邪魔させていただいた。彼は建設するだけの大工ではなく、設計もしており建築家でもある。自邸も設計された。
僕が訪問した日は仕事中であったにもかかわらず、建設中の茶室の中で抹茶を点ててもてなしてくれた。

His house is still under construction but his tea room is already beautiful, rather those unfinished, imperfect and rough walls were attracting me.
He designed windows so that natural light comes into "Tokonoma (niche to place plants and a painting)" with beautiful angle.
Amazingly, he also made ceramic tea cups by his hands. He makes anything by himself - he also grows plants for a tea ceremony - , he said that it is the way for him to be responsible for guests or clients.

彼の家はまだ建設中ではあるが、その茶室は既に美しかった。その未完で荒々しい壁も僕には魅力的に映った。床の間に綺麗に光が入り込むように考えて窓の配置や大きさも考えたらしい。
驚くことに、茶碗も自分で作ったものでもてなしてくれた。茶会用の植物も自分で育てているし、何でも自分で作っちゃう。お客さんやお施主さんに対する責任感を持つ行為でもあるという。

He told me that the mainstream of Japanese carpenter has become quite poor, using imported woods and precut in a factory with computer. They construct a house quickly with part-time carpenters without any special techniques.
I imagine that they construct western-like or anonymous houses with cheap cost like the one you see everywhere in Japanese suburbs.
He also said that unfortunately, it is quite difficult to construct a building with traditional techniques nowadays because it takes a lot of time compared to using precut woods which they cut within a couple of days with computer, while he needs a couple of months to cut all the parts of wood by his hands.
It is sad that many people like something cheap and speedy nowadays.

日本の大工の主流は工場でコンピュータを使ってプレカットされた輸入材で粗末なものになってきていると、彼は言っていた。彼らはアルバイトの大工を雇って短期間で住宅を建設しているらしい。
おそらく、日本のどこにでもあるような郊外住宅のように、西洋風であったりアノニマスな住宅を安価で作っているのだろう。
残念ながら、今の時代に伝統構法で建設するのは苦しい部分もあるらしい、工場でのプレカットは数日で終わってしまうが、手で墨付け・刻みをやると、数ヶ月かかってしまうためである。
多くの人が安価で速いものの方にいってしまうという現状は確かに苦しい。

Precutting woods with computer is easy and fast but I think that a computer does not care a speciality of woods and that system does not have a sensory flexibility which skilled carpenters have, I think.
Artisanal Japanese carpenter starts from finding and buying woods - some carpenters start from growing a mountain and trees - therefore they knows a nature and speciality of woods.
I imagine that they sometimes change a cutting shape, dimensions of wood and even design in order to unite all the architectural elements, depending on the nature of materials which they feel through their body. A computer can follow design but can not be like skilled carpenters yet.
Therefore, I do not think that buildings done by computers are the most advanced.
I rather think that a computer is behind real carpenters in a sense.
So I think that a design in their process is just a part of one continuous flux which is inseparable from each process, which differs from the processes I experienced in Italy and Europe.
Ideally, design process and construction process should be united so that a s
design is born also from materials and the site.
The architects who have got used to controlling architecture with their brain and computers - so do I - should learn from artisanal carpenters who have brain and body united.

確かにコンピュータで木材をプレカットするのは簡単で速いが、コンピュータでは木材の特質性までは読み取れないんじゃないか。そういったシステムには熟練した大工が持っているような臨機応変の感覚的柔軟性はないと思う。
職人的大工は木を探して買うところからするという(山、木を育てることから始める大工もいるらしい)それ故、各木材の性質、特徴を知っている。
おそらく、彼ら職人的大工は身体を通して木材の特徴を掴んでいるから、建築におけるすべての要素を統合するために、臨機応変に刻み方や、部材の寸法、さらには設計までも現場で変更することができるのではないだろうか。コンピュータは頭で描いた図面には従えるが、こういったことは、まだできないと思う。
だから、僕はコンピュータで設計・建設された建築こそが最先端だとは思わない。むしろ、ある意味ではコンピュータのほうが彼ら職人的大工に遅れをとっている
こういった建築過程においてデザインは、簡単に分割することができない一つの大きな流れの一部分でしかないと思う。僕がイタリアやヨーロッパで体験したトップダウン的に図面が現場に降りていくような現場とは随分違うのだろうと思う。
素材や現場からも発想が生まれるために、設計過程と建設過程は統合されるのが理想じゃないか。
普段、頭やコンピュータで建築をコントロールすることに慣れている僕みたいな人は、こういった脳と身体が統合されたような職人的大工から多くを学ぶべきだと思う。